【buy恩人】ガリレオです。
【buy恩人】のアンケートを閲覧された皆様には、標題の結論は薄々予想されているのではないでしょうか?

すなわち、いくらかの恣意的な投票が少々含まれていると仮定しても、このアンケート結果が全てを物語ってくれているのではないでしょうか?
概して、世に出回る通俗記憶術のお役立ち度は非常に悪いようです。

世に出回っている「記憶術」への【buy恩人】としての結論は、
全く習得できないということまでは言えないけれども、大多数にとっては徒労に終わるだろう
ということです。

何故なら、「本当に実践できているのだろうか?」という疑問が常に付きまとうからです。
その理由の一つは、あるマニュアルを読んだり市販書籍をちらっと本屋で立ち読みしてみて、僕自身が全くやる気になれなかったことがあります。

確かに誰でも出来ますが、「誰が、これをやろうと思うでしょうか?」という類だったことがあります。
おそらく、マニュアルの販売ページに書いてある「簡単に出来る」みたいなキャッチフレーズを見て購入された方ならば、誰一人としてそう感じない人は居ないとすら言い切れるほどです。

大量のアフィリエイターがそのままコピペしたページが溢れていますし、最近では、嘘の創作文に極めて長けたページもありますから、購入しようかという気になっても仕方がないような状況ではあります。

アンケートコメントでも「騙された!」と書かれていることが多いのも、原因はキャッチコピーと実際のギャップの大きさに腰を抜かしてしまった方が多いからでしょう。

すなわち、「そもそも実践の土俵に上れない」という事態が、かなりのケースを占めるのではないかという点が浮かび上がります。

03.日本における記憶術の源流】では、『記臆術講義』にて「方術的記憶法は多少人の習練を要するものであり、錯雑なる術に至っては生来記憶力に富んだ人でなければ習得できない」と井上圓了が著したことをご紹介しました。

【buy恩人】では、錯雑で難しいからという理由に加え、むやみな錯雑さのあほらしさに呆れてしまうが故に、精神的なモチベーションを喚起し得ない要素が大きいことを付加したいと考えるのです。

変な言い方ですが、シンプルで分りやすいものに要らぬ肉付けを行ったりバリエーションを作ったりすることで、反って、より錯雑さを増してしまっているのです。

これは、要するにビジネスにするために、オリジナリティを出したいが故に陥るパラドックスと言えるのですが、悪いことに、新しいものに飛びつこうとする消費者心理がこれを後押しし容認してしまう結果に繋がってしまっているように思えます。

「結局、ワタナベ式記憶術でいいじゃん!」という声が散見されるのは、記憶術がシンプルからむしろ煩雑さへと悪化していることを感じながらも、そのデメリットを着飾った巧みなキャッチコピーで隠そうとする販売戦術にしてやられている現実の反映と思わずにはいられません。

よって、基本的には、電子マニュアルや市販の書籍で記憶術が習得できるという可能性は少ないでしょう。
そのもう一つの理由は、ここでもあらゆる意味で「現実はそんなに甘いものではない」ということです。

「誰でも簡単に出来る」というキャッチコピーの勢いがあまりにも強く、その残像が脳裏から離れない人には、「甘さ」「楽さ」に取り憑かれる精神が抜けないが故に、特に裏目に出てしまうことは必定でしょう。

そもそも、記憶術の習得をやり切る能力があるのなら、そんな手段を経由せずにダイレクトに勉強した方が余程効率的なことは、ここまでに述べてきたことからも明々白々です。
それほど、難しいか面倒くさいか意義が見出せないかを覚悟しておかねばならないのです。

結局、「甘さ」「楽さ」の美味いエサをちらつかせる一見優しい人々に対しても、「その優しい言葉どおりに信用してもいいほど世の中甘くはない」という二重の意味も込めて「現実はそんなに甘いものではない」のです。

とは言っても、【buy恩人】は「記憶術」を全否定しているわけではありません。

僕たちも、便利であれば、普通に、言葉を結合したり分解したりの方法や類義語音や当て字や語呂合わせなどを使って覚えている知識があることも事実です。
また目的によっては至って重宝に使える場合もあるでしょう。

01.記憶術なるもの】でご紹介した古舘伊知郎さんは、その良い例ですね。
事務的に一時的に覚えておかないといけない場合などには、瞬間記憶術も大いに役立つことでしょう。
必要であれば、大いに習得されることに何の異存もありません。

ただ、本来の意味での勉強において、こういった機械的な方法ばかりに囚われてしまうと、今度は、何のために勉強しているのかの本来の目的がいつの間にかすり替えられてしまいます。
そうなると、逆に、覚えるべきことの本質を見ずに、自らの脳を骨抜きの脳に転落せしめることになります。

まさに、井上圓了が言うように、記憶術を習得することは多少の利益をもたらすけれども、基本的には平素の勉強をすることで記憶することと大差は無いから注意するに留めておくというのが賢慮というものだと【buy恩人】は考えます。

にも拘わらず、記憶術ブームの歴史が再び繰り返されるのは、「ひとえに平素の勉強の仕方が根本的に間違っているから」としか言いようがありません。

現在の販売では、記憶術を身につけるための時間や前提条件が必要だという予備知識をあまり意識させないように仕向けられていますから、目的が大学受験だったにしろ電験3種などの資格試験だったにしろ、現実に手に取った瞬間、「全然簡単じゃないじゃん」と腰を抜かしてしまうことになるわけです。

ただ、これに腰を抜かさずに「わが意を得たり」と励める方も必ず居られることでしょう。
しかし、アンケート結果からも、ほとんどの記憶術に対して、「これらをやり切る人は、やはり特殊な人々である」と結論しても特に問題ではないように考えます。

大学受験はそんな甘いものではないですし、権威ある資格だってそんなに甘いものではないという気持ちを最初から持ち、甘い幻想と決別することが必要だと考えます。
甘い幻想と決別することこそが、結果的に、打算的な勉強の愚かさをも教えてくれる筈です。

まぁ、通俗記憶術も、1冊ぐらいは何がしかを読んでおくことも、あらゆる意味において勉強にはなるでしょうけれど…。