【buy恩人】ガリレオです。
前回のアップ以降、松平先生とも書簡の遣り取りをさせていただきながら、そろそろまとめなくてはと思いながらも間が空いてしまいましたことをお詫びせねばなりません。m(__)m

訪問者様の調査依頼により、久しぶりに記憶術に関する商材のセールスページを見たのですが、いい加減腹が立ってしまったのは、またしても目にした「右脳・左脳論」でした。
松平先生も全く同じ思いを持っておられまして、ともに、いい加減な右脳・左脳論には辟易としています。

松平先生は僕よりもはるかに論理的であられ、この度は、非常に意気に感じた言葉をいただきましたことを受けて、このご紹介を兼ねて、松平先生と僕の思いを本ページのメッセージで伝えたいと考えました。

その言葉とは、所謂「右脳」・「左脳」なる言葉を使うのであれば、
『みんなに嫌われている「左脳」君を私は応援してあげたい。』
という言葉でした。

まさに僕も同じ思いなんですが、実に上手く表現されるなぁと感心、感動してしまいました。

『だって「左脳」君は努力すれば必ずその努力に余りある結果を保証してくれますから。』
と締めくくられた言葉に、いい加減な言葉で人々を翻弄することで需要を開拓しようとするほど閉塞してしまった現代システムの危機に対する救い見た気持ちでした。

僕が伝えたいことも、松平先生の願いそのものなんですね。
心ならずも右脳・左脳の次元で表現してしまうなら、全ての人々に・・・『「左脳」君、頑張れ!』
それだけなんです。

右脳・左脳論への反証はすでにいくらでも挙がっているにもかかわらず、右脳への過大な期待が断定的に語られるのは非常に危険なことですね。

松平先生

ノーベル賞学者スペリーの右脳・左脳に関する論文は「右脳が左脳よりも優れている。右脳を使うのが天才」などとは一言も言っていないにも関わらず、日本では何故か言葉が独り歩きしていることを誰も指摘しない状況に終止符を打たねばなりません。

スペリーの分離脳の研究が言う右脳・左脳は、商業広告の中におどる「右脳・左脳」とは似て非なるものであるにもかかわらず、一見科学的に思える言葉に踊らされるのは実に危険な風潮であるということができます。

ガリレオ

そうですね。
右脳・左脳論の源流は1981年のノーベル賞受賞の対象となった神経心理学者ロジャー・スペリーの大脳半球の機能分化に関する研究(分離脳の研究)から始まっていますが、てんかん治療の目的で脳梁切断手術を行った患者に対する試験データによるものですね。

この時点で、左右半球を分離した状態でのテストですから、そもそもが脳梁で繋がった状態での考察が必要である一般健常者の脳を語ることはできませんし、スペリー自身がそれを注意していますよね。
ところが、これが極端に拡大解釈され、何ら科学的な根拠がないままに右脳・左脳論に展開された。

その元祖は、スペリーの研究対象である分離脳手術を施した神経生理学者ジョセフ・ボーゲン(Joseph Bogen)あるいはGE社の社員教育を務めたネッド・ハーマン(Ned Herrmann)などと言われていますね。

Ned Herrmannはスペリーの理論を「右脳・左脳は互いに独立しており、異なった働きをしている」と解釈し、これを一つのベースとして「全脳モデル」を構築したようです。
「互いに完全独立していれば、何故、脳梁が存在する必要があるのか?」

素人の僕レベルでは、単純にそういう疑問が湧いてきますけれどね・・・。
完全に独立しているということと独立しながら連携しているというのでは、機能の理解が全く違ってきます。
ともかくも、このような複数の支流が次々と合流して右脳・左脳論の大河を作ってしまったのでしょう。


「脳の機能分化」に関して、今はっきり分っている事は、ほとんどの人においては言語中枢が左半球にあるということだけであり、これを「優位半球」としており、その他に関しては有意な差は無いということです。
その言語野に関しては聴覚野との相関関係があるというようなことも研究されています。

左脳が論理的・科学的思考を司り、右脳が感性的・創造的思考を司るなんて排他的分化が認められるなんて文献は見た限り存在しません。
論理的・科学的思考が左脳しか使わず、感性的・創造的思考が右脳しか使わないなんてことは、全く根拠の無い単なる俗説であることは明らかでしょう。

もちろん、左半球と右半球でそれぞれの特質があり役割分担をしていることは当たり前に想像できることですし、実際そのような成果は機能別、役割別に「優位」として報告されています。
実は、この「優位」と言う言葉も、勝手に「あなたの優位脳は右脳?左脳?」のような使われ方をされて一人歩きしてしまっています。

だいたいですね、右脳・左脳がこのように分化しているとしても、右脳を鍛えることだけによって何か素晴らしいことを創造できるなんてことがあり得るでしょうか?
それとも余程、無理矢理にでも芸術家や音楽家にでもしたいとでも言うのでしょうか?

いやいや、芸術的能力と右脳を結びつけるだけでは、あまり需要に繋がらないですから、「英才」「天才」「創造性」などという魅力ある言葉に置き換えて、右脳さえ鍛えれば普通の誰でもが素晴らしい能力を手に入れられますよという曖昧な表現に持って行くんですね。

それより何より、【buy恩人】さんで右脳を標榜しているマニュアル類のアンケート結果は無残なもの!
同様に、Nature誌でも、「脳トレーニング」にノー?ですよ!
実際的に、誰もが認めざるを得ないような普遍的効果があったなどという話を聞いたことありますか?


さて、「右脳」なる言葉で検索してみると、そのビジネスの異常な多さに驚くばかりでした。
だいたい、右脳教育などと声高に叫ばれ始めてからでも20年以上にはなるでしょうけれど、子どもたちはどれほど賢く創造性豊かになってきたのでしょうか?

まぁ、「左脳ばかりが発達して右脳を放置したまま」という前提が右脳論者の拠り所なわけですが、右脳と左脳があって左脳しか使っていない状態などというものを考える方が極めて不自然ではないですかね?

それに、「右脳」伝道者の教えが正しいとすれば、今頃、「右脳教育も受けていないお宅たちの世代はやっぱりアホですね」と僕たちは陰口を叩かれている筈なんですけれどね・・・。

随分前には、Z会のスタッフさんより、「ここ数年、明らかに数学能力は落ちてきている」というコメントもいただきましたし、右脳・左脳など叫ばれない時代に学生時代を過ごした方が劣っているどころかその逆ではないかと僕には見えるのですが・・・。

是非、教育学系や心理学系の学卒の皆さんには、「右脳教育とその効果」とでも題して卒論を書いてもらいたいものです。
卒論であれば、この程度のテーマでも許してもらえるでしょうし・・・。

ともかくも、根拠も無い理屈で感性やイメージばかりに依存しようとする教育風潮を作ってしまっては実に危険だと言わざるを得ないでしょう。

もう一つ気が付いたことがあります。
右脳を売りにしているビジネスではディプロマ・ミル(偽学位)で権威付けしているケースが目に付いたということです。

何も、川村博士だけではありませんね。
「七田式幼児教育」・「左脳が病を作る」・・・。

こういう事態を改めて目にすると、もう世の中、したい放題の無茶苦茶ですね。
ディプロマ・ミルの問題も、このまま黙認、放置していては非常にまずく、由々しき問題ではないかと切々と実感されました。


松平先生

都市化が進む中で新興宗教が増え、似非科学(超能力ブーム、UFOブームなど)が登場したのは不安な世の中に「理由」と「意味」を無理やり探して安心しようとしているのではないか?
当方の理解では養老氏は上記のようなことを言いたかったのかなという気がしています。
こういうからと言って何も現在の科学が万能と私は思ってるわけではありません。
・・・

ガリレオ

僕も、科学が万能と思うことはありません。
ただ、松平先生と同じように、「念力の反作用はどこに?」と素直に懐疑してしまいますから、とても超能力などの世界には堪えれたものではありません。

実は、僕にも「反作用」に関して数年間悶々としたことがありました。
必ず、反作用があるはずなのに、そのイメージがどうしても分らない。
webを見ても明確に示唆してくれるような文献も理論も見つからない。
そんな中で、ひょっとしてこれは革命的な発見ではないかという期待感が先行しちゃうわけです。

そんな経験もありますから、科学と似非科学の境界って非常にクリティカルだなと思ったりするんです。
でも、明確に数式化しないと意味の無い物理学の場合は、あるはずのもののイメージすら掴めないことでは前に進めない。

自分の無知として踏み留まるしかないんですよね。
世の中には賢い人はいくらでも居るもので、結果的には「場」の理論でなるほどと納得はできました。

ところが、超能力は別としても不確定要素が強い獲物となると、一見科学的に見せかけることができちゃう。
それで、獲物である以上、歯止めというか抑止力が極めて弱くなってしまうんでしょうね。

松平先生

今回の地震、津波、原発でも怪しげな陰謀論、あいまいな似非科学的な説明が雑誌、新聞、TVなどで踊りました。
一見知識人風の人も自ら検証することなく、適当なことを語り、それで世間が納得した気になっている。
実に恐ろしい風潮ですね。

人間の脳の作用は、右脳左脳論に頼るまでもなく、科学的思考と感性的思考がありそうだというのは、一般的な感覚に合致しているような気がします。
それをあえて無理に右脳左脳で説明しようとするところが非常に危うい考え方なのです。

安易にこの「右脳的」と呼ばれるもの、似非科学的な言葉を抜きにして述べるとすれば「感性的思考」に走る方は、努力の人になるのは大変だからレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロになろうと本気で思えるのでしょうか?

・・・
いい加減、まともそうに見えるTVの知識人(らしき人)くらいは「右脳」「左脳」などというようなミスリーディングな言葉は使わないでほしいですね。

ガリレオ

まことに、人間というものは何か確かなものに寄り添い依拠していたいという思い、裏返せば自分の存在への不安が強いのでしょうね。
不確定な分子で漂うことへの不安とでも言うのでしょうか?

他人に対し排他的である反面、いとも簡単にカリスマ性を持った存在に自らを委ねる。

それが、科学的であったり崇高的であったり進歩的であったりする背景色を見れば、それを権威と勘違いし熱狂的な信者になってしまう。
オウムもそうであったように・・・。

人と同じであることに安心感を得たいという横並び意識的な深層心理が強く働いているのでしょうね。

適当なことを語る知識人もどきとそれに感心し同調する有名人やメディアと、それに便乗する商業主義のあり方に汚染されてこんな風になってしまったとすれば、ちょっとどうにかしなければなりません。
本当に「左脳」君をどんどん増殖させたいものです。