【buy恩人】ガリレオです。
松平勝男先生より、「記憶」に関する書簡をいただきましたので、これに合わせ、少しずつ記してみたいと思います。

僕は生まれてこの方、【buy恩人】サイトに関わるまで、「記憶術」という言葉自体忘却していました。(笑)
すなわち、「記憶術」に関する書籍は1冊も読んだことがなかったわけです。

まぁ興味がなかったと言えばそれまでなのですが、松平先生よりいろいろと教えていただいくこと自体が、どんどん広がりを持っていくんですね。
これが実に面白い。

寝る以外の全ての時間資源を人質に取られたような「経済」だけのための技術屋の生活から開放されることは、精神に躍動感を取り戻すことに他ならないのだという感触を改めて感じてしまいました。

松平先生のお話によれば、「記憶術」と言えば、中世ヨーロッパにおける「記憶術」を題材にした、マリア・カラザースの著作「記憶術と書物」フランシス・イェイツの著作「記憶術」を読むのが定番とのこと。
そして、ジョナサン・スペンスの著作「マテオ・リッチ記憶の宮殿」にも興味深い洞察があるということでした。


■個人的な戯言1

僕は、これらの著作を調べる広がりの中で、記憶術とは直接関係がない個人的な戯言なのですが、2つの思いがけない収穫を得ることができました。
その一つは、フランシス・イェイツ女史の著作「世界劇場」という名前。

この本の主題とは全く無関係なのですが、群馬県立大学の戸所 宏之 元教授によれば、「世界劇場」という言葉は、「この世は舞台であり、人はみな役者である」という人生観を表すそうです。

古代ローマの詩人ペトロニウスの言葉に”Totus mundus agit histrionem.(世界中の人々は役者として生きている)”なる言葉があり、これが、シェイクスピアが数多く上演されたエリザベス朝グローブ座のモットーとして正面玄関に掲げられていたようです。

また、シェイクスピアの演題「お気に召すまま」には、ジェイクスの名台詞に次のようなものがあります。

All the world’s a stage,
And all the men and women merely players,
They have their exits and their entrances,
And one man in his time plays many parts,

「所詮、人生なんて芝居だよ。誰も上手く演じているだけさ!」
僕が高校生から大学生のときに一貫して持っていた人生への観察そのものでした。
その頃の女性友達は、「なんと冷めた人だろうかと思った」と今でも言います。

その僕は、恥ずかしながらフランシス・イェイツ女史を知りませんでしたし、シェイクスピアにも全く興味がありませんでしたから、今回調べていく中で、これらの歴史的な事実を知り、あの頃の僕の人生観そのものではないかと驚くと同時に、いつの時代も同じようなことを感じたり考える人は必ず居るのだなぁと今さらながら稚拙な感慨を持ったのでした。

まぁ、現実社会では、あまりそのような見方を表に出す人にも出会わなかったもので、同じような感覚の存在が嬉しかっただけのことなのかもしれませんね。

イェイツの「世界劇場」は、おそらく、このグローブ座のイメージと重ね合わせて、中世ヨーロッパ文明の立役者としての「記憶術」の解釈を、それ自体が多くの賢者たちによって演じられた世界劇場の一幕として表現しようという意味合いが込められていたのではないかと勝手な推測をしてしまったのです。


■個人的な戯言2

もう一つは、高校3年生の時に朝日ジャーナルで知って以来、座右の銘の一つとして常駐させている言葉「神は全ての細部に宿り給う」と語った(遡ると、誰が最初に言ったのかは分からないようですが・・)アビ・ワールブルクに関しての研究書である「記憶の迷宮」なる著作を東大の田中 純 教授が出されているということを知ったことでした。

この書は、2002年度サントリー学芸賞受賞をされており、図像解釈学(イコノロジー)という視点から思考法を考察する著作として、いわゆる論理思考と対比することで大変面白そうな書であると感じました。

何を隠そう、「記憶術」の著者フランシス・イェイツは、図像解釈学を「記憶」と結合させた美術史家アビ・ワールブルクに多大な影響を受けた(当時、ロンドン大学ワールブルク研究所に在籍)のですから、もし、あの時点でワールブルグについて調べていれば、どんどんと今回調査したような事柄と繋がっていたのかもしれません。

書籍の第3部は「記憶」と題されており、おそらく、イメージ記憶というものの源流に位置するものではないかとも思われますので先にご紹介だけしておきたいと思います。


■記憶術の起源と歴史

さて、「記憶術」に関して読むべき価値のある書が出揃ったところで、記憶術の起源と歴史について簡便にまとめておきましょう。

「読むべき価値のある書」と言ったのは、現在世に出ている通俗「記憶術」も、結局はこれらの原典の流れから逸脱するものではないだろうということと、これらに付加されモディファイされたとしても、本質は何も変わらないどころか、むしろ、方法を複雑にするだけのものではないかという予測があるからです。

もちろん、以下をまとめるのは僕自身のためでもありますが、上述の書籍を紐解こうとする前に、大筋の流れという予備知識のフェーズを仕入れておくことで、書籍への誰もの敷居を低くすることが第一義の目的です。

  1. 記憶術の起源
  2. 実は、記憶術の起源は古代ギリシャまで遡り、古代ローマの大弁論家 キケロの「弁論家について」の中で言及されている古代ギリシャ・ケオス島の叙情詩人シモニデスのエピソードに見られます。

    シモニデスはプラトンの著作にも登場し、日本では和田守式記憶法にて、その紹介の記述があります。(欧米の翻訳本を基にまとめられたものでしょう。)

  3. シモニデスのエピソード
  4. ある館で催された宴に列席していたシモニデスは、結果的に双子の神の啓示と思える呼び出しを受けて館の外に出たところ、館の天井が崩落し、出席していた名士たちはほとんどが死亡してしまいました。
    その死体の身元確認をする際に、シモニデスは死体の位置から、座っていた位置情報とテーブル・椅子、柱、調度品などの位置情報を基にその死体が誰であるかを特定したのです。

  5. 記憶と場所の結合
  6. キケロは、このエピソードを通して、記憶をトポス(場所・場面)と結合させることで、記憶術を確立。
    これが、場所法あるいはローマンルーム法と呼ばれる伝統的な記憶術の起源となります。

    以降、記憶術はレトリック(弁論術・修辞学)の重要な素養として、弁論家キケロによって、プロデュースされ伝播していくことになります。

    ※レトリック(修辞学)は、その5段階として、発見・配列・措辞・記憶・陳述が必要とされました。

    記憶が重要な位置を占めていることが分りますね。

  7. レトリック(修辞学)の起源
  8. プラトン「ゴルギアス」・・・雄弁術(レトリケ)
    アリストテレス弁論術→三段論法
    ・・・弁証術(ディアレクティケ)と合い通じる技術として捉える

    レトリック(修辞学)は、単に演説を覚えるための技術ではななく、聴衆を魅了するための総体 → ヨーロッパの知的教養の伝統を形成していきます。

  9. 中世ルネッサンス~ルネッサンスにおける記憶術
  10. 古来からの場所法、即ち、場所と結びつけて記憶を配置していくという方法は、配置される記憶の対象としてのイメージが対になります。
    即ち、【場】と【イメージ】が記憶のセットになっています。

    その記憶の対象としてのイメージが、直接的なものからより抽象的なものへと変遷したのが中世ルネッサンス時代と規定されます。

    すなわち、スコラ学最盛期におけるトマス・アクィナスによる「場のイメージ化」を経て、記憶を表象的・象徴的空間と結合させるという方法へと向かっていくのですが、中世ルネッサンスにおける、その完成は、ライムンドゥス・ルルスの「アルス・マグナ(大いなる術)」を源流としたジョルダーノ・ブルーノの「アルス・コンビナトリア(結合記憶術)」によって成されたとされています。

    松平先生の「ユダヤ式記憶術」はブルーノのアルス・コンビナトリア(結合記憶術)におけるカバラの「生命の樹」の活用から展開されているわけですが、その真意は後述することとします。

    ただ、松平先生は、中世ルネッサンスに特有の魔術的・オカルティックな部分は徹底的に排除され、論理的な部分だけを抽出されていることだけを先に申し上げておきましょう。

    さて、中世ルネッサンス~ルネッサンスにおける記憶術の大略の流れを整理しておきますと、

    • トマス・アクィナスによる「場のイメージ化」(13世紀イタリア)
    • ライムンドゥス・ルルスの「アルス・マグナ(大いなる術)」(13世紀マジョルカ島)
    • ジョルダーノ・ブルーノの「アルス・コンビナトリア(結合記憶術)」(16世紀イタリア)
    • イギリス・ルネッサンス劇場(16~17世紀イギリス)
    • ルネ・デカルトによる記憶術の否定(17世紀フランス)
    • ゴットフリート・ライプニッツの「普遍記号による知の体系」(17世紀ドイツ)

    と整理しておくと、その流れは掴みやすいかと思います。

    ご存知のように、トマス・アクィナスはカトリック教会のバリバリのスコラ神学者ですから、キケロが弁論のために確立した記憶術から、教義の説教をスコラ的に満足させる記憶術へと深化が必要とされる中で、古来の記憶術を改編し総合する必要があったのでしょうね。

    この頃の教会の建物は、記憶の【場】となり、絵画や彫刻などの芸術表現をもって記憶術の【空間】へと位置づけられ仕上げられていったということでしょうね。
    宇宙的で不可思議な彫刻が見られるのも、その頃のキリスト教的世界観・倫理観を表現した教義細部の象徴が散りばめられているということになります。

    このような歴史に接すると、イメージというものが、単に学習的記憶の対象としてだけではなく、広く一般大衆に理解を促すための道具に結びつく息吹の源流を見た思いがします。

    現代におけるコマーシャリズムで視覚が重要視されるのは、イメージは残像として残り続ける傾向が強いことで洗脳作用を及ぼす力を持っているという知恵が、新しきも古きも含めて全ての営みに受け継がれているということなのでしょう。

    その後、イスラムへのキリスト教の伝道に熱心であった宣教師ルルスが、イスラム神教者を論破するために、イメージとして記号や図表を駆使し、3層の同心円の円環に配置された9つのアルファベットの組み合わせによって神の叡智を再現しようとする中で独自の記憶術体型をも作り上げたと言われています。

    このルルスの機械的・数学的手法は、カバラ数秘術の影響を受けていた可能性は大いに予想されるところですが、後に続くジョルダーノ・ブルーノに大きな影響を与え、さらに後世にはライプニッツにも大きな影響を与え、批判的に発展・踏襲されていったようです。

    一言で言うならば、ルネッサンス期の記憶術は魔術化の歴史と言えるでしょう。
    そして、これらの魔術を徹底的に拒否したデカルトと、一方で、記号化を踏襲し算術によって神の知性に近づこうとしたライプニッツ。

    ルネッサンスにおける「記憶術」の流れを精密に学ぶには、上述のフランシス・イェイツ「記憶術」を読まれることは避けては通れない道のように感じられます。
    さらに、イギリス・ルネッサンス劇場にまで、その足跡を追跡した「世界劇場」。

    僕は、世界史や哲学史は、必要最小限レベルでしか通過してきていませんので、さながら、これほどまでに深く面白いものだったのかと新たな躍動感を感じた次第で、必ず1冊は読むことになるでしょう。

    ただ、生来なのか、それともあまりにもデカルト的なのかは分かりませんが、記号法や図像学など、あるいはイメージやデザインといったものには、それほど興味をそそられないのが正直なところです。