初回の「語学学習のヒント1」では「語彙力の方略」というテーマで、水本篤氏の論文を素材に、効果的な方略をまとめてみました。
これに関連しましては松平先生よりの知見もいただいており、機会を設けてご紹介したいと思います。

さて、第2回では、英語学習方略一般に関する論題の論文をご紹介します。
こちらは、城西国際大学 多田 洋子 准教授の『日本人が好む英語方略-高橋五郎著「最新英語教育法」を読む-』と題した論文です。

この論文は、明治の英語教育者・翻訳家であり多くの著作を残した高橋 五郎 氏の指導法と現在の英語上達成功者の学習方略を比較、対照することによって、また、外国と日本を比較、対照することにより時空を縦横断し、日本人に適した英語方略を導きだそうとする主旨のものです。

本論文自体は、「記憶を重視する学習法=日本人が好む」という結論で締めくくられていますが、言葉の使い方、例えば、「記憶」と「暗記」や「丸暗記」ではその意味するものが相違するという点からも、また、「記憶」無しに学習するということは、どの国であろうが非現実的であることからも、いささか議論の余地はありそうです。(もちろん、学習分野の要素も考慮しなければならないでしょう)

さて、高橋 五郎 氏に関する資料は非常に少ないようです。
(本論文では、国語学の元ICU大学院教授 飛田 良文 博士の研究に依拠されています。)
今回、その経歴や英語教授理論に初めて接するにあたって、すぐに松平先生が思い浮かびました。
現代版 高橋 五郎を松平先生に見る思いがしたのです。

それはさておき、本論文でも、現在の英語上達成功者のデータとして、関西大学 竹内 理 教授の「より良い外国語学習法を求めて―外国語学習成功者の研究」が使われています。

竹内 理 教授は、第1回のヒントで採り上げた論文にも助言をされており、本書は今回の論文の比較対照のデータともなっています。
学習者にとっても、非常に有用な書であることが伺われます。

ただ、一般の学習者が読まれる場合は、「達人」の英語学習法―データが語る効果的な外国語習得法とはの方が、読みやすいかもしれません。

これから英語(語学)をマスターしようとする人は、何を信じて学習していけばよいのかという岐路に立ったとき、道を誤らないための羅針盤の役目をしてくれることでしょう。

少なくとも、「右脳を鍛えるだけで」とか「聞き流すだけで」とか「超速」などの言葉につられて無駄な出費をすることを防いでくれるはずです。


さて、一方の高橋 五郎 著『最新英語教習法』は、近代デジタルライブラリーに収録されており、全文PDFファイルにて保存、印刷可能で全文読めます。
(10ページずつしか保存できませんが、保存さえすればPDFを連結する方法はあります。)
本論文でも多く引用されていますが、ご興味があればどうぞ。(但し、文語体です!)

先ず、本論文から、高橋 五郎 氏の英語学習に関する結論を記しておきましょう。
それは、「記憶」を重要視していることです。
確かに、この論文で示されているように、『最新英語教習法』においては19章362ページの内5章98ページが「記憶」について割かれているほど、「記憶」が重要視されています。

とは言っても、「記憶術」好きのあなたが喜ぶには、ちょっと早計なんですね。
高橋五郎氏は場所法や結合法(アルスコンビナトリア)などの記憶術を、人為的に記憶を強化するものだとして、本末転倒であり、無効であると結論しています。
にも関わらず、「記憶すること自体の価値は重要なんだ」というわけですね。

「実に反復習熟即ち復習が記憶及び暗記に必要なるは古人既に之を少なくとも二千年の昔に悟りぬ。」
反復することで記憶が可能になるということは、2000年以上前から分かっていることなんですね。
それ以来、幾多の記憶法が考えられてきたわけですけれども、古代ギリシアからの場所法・結合法を凌駕するようなものは出ていないですし、これらを起源とする「記憶術」は無効であるとしています。

折りしも、高橋 五郎 氏が『最新英語教習法』を記した8年前には、和田守式記憶術が一世を風靡したという事実があることを思えば、これに触発され、これを意識して著作を書かれたと想像できないでもありません。

「記憶」に関しては、松平先生より多くの知見をいただいておりますし、僕自身も、認知心理学や脳科学の進展と共に、浮上している記憶研究の最新動向を勉強しようと思っていますので、記憶術に関するページに追加していきたいと考えています。

それでは、高橋 五郎 氏は記憶を高める方法をどう考えていたのか?
その方法を、著者の多田氏は6つに要約されています。

  1. 予習と復習
  2. 連想
  3. 耳・目・口・手を使う
  4. 興味を持つ
  5. 文中で記憶する
  6. 理解してから記憶する

この要約から、高橋 五郎 氏は、五感・肉体を使った反復を全ての軸とし、類似や対照による関連付けや意味理解を総増員することで英語は上達するとされていることが伺えますね。

一方、竹内 理 教授が挙げられた記憶に関する方略も6つあります。

  1. 基本文例の大量徹底暗記
  2. 文章の中での記憶
  3. 記憶時の音声化と書記化
  4. リストを利用した記憶
  5. 関連語を一緒に覚える
  6. 定期的な覚えなおし

両者において、少なくとも3項目は完全に同値対応していますね。
一昔前の理念を、現代の学問が、その裏づけをしているとも言える感があります。

最後に、もう一つ、竹内 理 教授のデータにある英語上達成功者の言を書き出しておきましょう。

  1. 外国語を学習している動機付けが重要
  2. 明確な目標が強烈な動機となる。しかも、何段階にも小刻みに設定された目標が良い
  3. テープを聞き流さないで、真剣に何回も何回も『深く』聞く
  4. 聞き取れないところをそのまま聞き流さず、テキストで理解した上で何度も聞く
  5. 単語やイディオムを覚えるには、ノートに書き写しながら音読せよ
  6. 英文法ができるかどうかが致命的に重要なポイント
  7. 頭で納得するということが、大人にとっては重要な要素

ここでの、最初の2項目は、学習を指導する者なら例外なく大前提として述べている部分でもあり、第1回「語彙力の方略」でも重要な要素とされた「メタ認知」的な要素、ここでは「情緒方略」に相当する要素の重要性を再認識させてくれます。

次の2項目では、英語上達成功者には、「まずは音から入るべきである」という意見が多い中、それにしても、これらの言葉からは、「聞き流すだけで英語ペラペラ」なんてことはあり得ないことが、汲み取れるのではないでしょうか?

「ただ、ボーっと聞き流すだけ」とか「聴いていさえすれば自然に英語が上達する」と安易に考えていては何の効果も無いということであり、また、「聞く」もあくまで一つの要素として捉えなければ、大きな勘違いをすることになるということですね。
「○○するだけで・・・」には、大きな罠が潜んでいることを知らねばならないでしょう。

4番目の項目は、第1回「語彙力の方略」と同じ繰り返しになります。
英語上達成功者も音声だけではなく視覚を利用して記憶していると解説されているのですが、視覚というよりも、体で覚えると言った方が適切な表現ではないかと思えます。

最後の2項目は、はっきりと、子どもと大人の覚えるメカニズムが相違し、したがって、学習方略が相違することを如実に表わした言葉ですね。
成人の語学学習においては、慣れれば自然に、あるいは無意識的に覚えるなんてことはあり得ないということであり、高橋 五郎 氏も明確に子どもと大人を区別しているという点で共通していると分析されています。

僕が、「ビジョン」の販売ページに書いた、15歳から17歳に脳の進化をしなければ、子ども時代の秀才も単なる過去の遺物に終わると書いたこととも対応しています。

面白いのは、竹内 理 教授のデータにある英語上達成功者に共通する点です。

  1. 11~12歳以降に外国語の学習を始めた
  2. 留学経験が学習の中期までない

「留学さえすればペラペラ」という神話が崩れているのは誰もが認知するところですが、幼少期からの英語英才教育も、環境が追随し続けないことには意味が無いかもしれませんね。
実際、僕の友人の帰国子女は小学校高学年まで英語圏で暮らしていたのですが、日本に帰国して以降、徐々に忘却してさっぱり話せなくなったという例もありますから。

やはり、最終的には、バランスの取れた学習をしていかなければならないということに尽きるかと思われます。
これらから考えるに、「○○だけで・・・」の類は、その一側面だけが誇大にプロパガンダされたものであるが故に、該当要素のみを弱点とするレベルであると自己分析する場合に選択されるべきと判断するのが賢明かと考えます。

最後に、日本人の特性についてですが、多くの文献では東アジア系民族の特性として語られることが多いようです。
そして、翻訳引用される場合には、総じて「記憶が得意」とか「暗記が好き」、「機械的反復が好き」とかの表現で括られることが多く、言葉が一定していないところに、まだ日本人の特性が客観的に見えたというわけではないように感じます。

また、英米の文献とヨーロッパの文献でも、対照する文化が相違するため、「記憶好き」が実際以上に浮き上がっている感もしないではありません。

アメリカのオマリーら(O’Malley , J. M. et al. 1988)は語彙学習・聞く学習・話す学習について学習方略の訓練効果を75名の高校生を対象に調査した結果があります。

辰野 千寿 氏によると、こちらの分析は次のようにまとめられています。

  1. アジア系の学生は機械的反復を効果的に用いることができるが、自分の方略を修正しようとする試みに対しては抵抗を示した。
  2. ラテンアメリカ系の学生は語彙学習に対して、新しい方略の適用を受け入れやすい傾向を示した。

どちらかと言うと、この分析の方が正鵠を射ているのではないかと思えました。

■参考文献

学習方略の心理学―賢い学習者の育て方・・・辰野 千寿著

松平先生のお話では、フランス等のヨーロッパでは徹底的に記憶させられるそうですし、サッチャー政権の教育改革の影響もあり、現代のイギリスでは、あまり記憶が重んじられない傾向があるとも言われますが、その昔は、日本でもそうであったように、古典の一つや二つを暗記していないことには教養人とは見なされなかったのは共通であるように思えます。

おおよそ、何かを学ぶ上では、記憶する事は必要不可欠ですから、日本や中国だけが、「記憶がお得意芸」と言われるのも少しおかしな感じがします。
やはり、「暗記」・「丸暗記」・「記憶」などの言葉が大雑把に曖昧に使われ過ぎているのではないかという印象が強くします。

「語学学習のヒント1」の「語彙力の方略」で採り上げた論文では、「単語は暗記するものである」と考えている一群が、その暗記をするための方略をほとんど有効に使うことなく、最も低習熟者に甘んじているという象徴的なデータが示されています。
このデータも併せ、これらの言葉の区別を考えてく方向性が必要ではないでしょうか?

要は、記憶に関する地域性を考察するなら、意味無く暗記するのか、意味から暗記するのか、反復で体で覚えるのかなどといった、もう一つ下の階層での比較・対照をせねばならないのではと感じましたね。

学習者のあなたは、これら三者三様の方略を、今されている学習の中に一つでも意識的に取り入れられる工夫をされることで、少し見えてくるものが出てくるのではないかと思います。